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プッチオ家事件のその後と概要(wiki)!アルゼンチンの事件がばれなかった理由 [日記]

3月22日放送の「ザ!世界仰天ニュース」は
プッチオ家事件について


今回はこのプッチオ家事件について
概要とその後を調べてみました


プッチオ家事件概要!


プッチオ家事件とは日本では聞きなれませんが、
アルゼンチンに住んでいる人なら、


誰もが知っていると言われるエリート一家
プッチオ家が1980年代に起こした恐怖の事件


1980年前半にアルゼンチンでは
軍事政権から民主政権への移行と
革命が起こっていました


ざっくり概要を言うと、
その混乱期に恐ろしい手口でプッチオ家が
大金を稼いだ事件です


舞台の中心となるプッチオ家は
もともと軍事政権の重要ポストを与えらていた
由緒正しいエリート一家


また裕福なだけではなく非常に慕われていたそうです


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しかし政権移行により突如職を失うことになります
そこで思いついたのが誘拐ビジネス


これは実業家などいわゆるお金持ち中心に
誘拐を繰り返しては身代金を要求するという
恐ろしいもの


身代金だけで何億と稼いでいたようです


2年間もばれなかった理由とは?


この後1985年まで2年間ほどこの
「誘拐ビジネス」は続くのですが、


なぜそんなにも長くプッチオ家は
捕まらなかったのでしょうか


その理由はいくつか考えられます
まず一つ目は時代が混乱期だったということ


当時プッチオ家が行った犯行は
革命派によるものという政治的意図が
含まれたものと推測されていたようです


まさかエリート一家が
お金目的に反抗に及んでいたとは思わなかったでしょう


二つ目が犯行に対して「家族一丸」になっていたこと
初めは父アルキメデス・プッチオから犯行を
持ち掛けられますがその後は率先して犯行に
加担していたようです


そして3つ目が計画の狡猾さ


プッチオ一家は犯行に及ぶ際綿密な計画を
練っていたんだとか


誘拐した人物を閉じ込めていた部屋も
天井に布を張って部屋の感じがわからないようにしたり、


部屋の中にほし草をおくことで、田舎のどこかに
いるように錯覚させたりと、相当知能犯だったことが
伺えます


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プッチオ家事件その後


そんなプッチオ家にも少しずつ亀裂が入り始めます


ある日父アルキメデス・プッチオは
息子アレハンドロに、同じラグビーチームに在籍する
友人の誘拐に加担させます


息子は結局加担するのですが、

その時に誘拐した友人が亡くなってしまいます


この時アレハンドロは非常に悔やみ
徐々に自分たちがやっていることに疑問を感じ始めます


この辺で「家族一丸」が崩れ始めたようです


そしてついにその時が来ます


1985年8月23日警官たちがプッチオ家を
囲みます


その後プッチオ家と長男の恋人モニカ・ソビックが
4件の誘拐と3件事件で逮捕


そのうち母、娘、長男、三男と次女は
結局釈放されますが、


父アルキメデスと長男アレハンドロ、次男マギラは
罪に問われます


中でも父アルキメデスには終身刑が言い渡されますが
わずか20年で釈放


その後はあろうことか弁護士になり
新たに嫁を迎えたそうです


この事件に関してアルキメデスは狡猾な一方
自分の声で脅迫電話をかけたり甘い一面もあったようです


またこの事件には単なるお金稼ぎではなく
アルキメデスの革命後の金持ちに対する
復讐心が込められていたのではないかと言われています

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